ほんのしおり

ゆるく読んで、ゆるく語ります

母という呪縛 娘という牢獄 | 齊藤彩 | 感想

こんばんは!

現在夜の12時。読み終わってすぐに書いています。

新しいパソコンも手に入れて、ワクワクで書いている今日この頃です。

 

齊藤彩さんの「母という呪縛 娘という牢獄」は、滋賀県で起きた娘による母の殺人事件の真相や背景を綴ったノンフィクションになっています。

 

母という呪縛 娘という牢獄 | 齊藤 彩 |本 | 通販 | Amazon

いつも行く大型書店にておそらく文庫化されたばかりだったので、おすすめのコーナーに飾られていて一時期話題になっていたので気になっていて、別の機会に書店に行った時に思わず買ってしまったものです。本当はkindleで読もうと思っていたのに衝動で買ってしまったやつです。綺麗に読んでいい値で売ろう、、、。

 

感想としては、めちゃくちゃすらすら読める、、。多分集中して一気に読んだら2時間で読めてしまうくらいの軽さ!軽いと言っても内容はちゃんと重いので、一気読みが現実的かどうかは置いておいて。

 

今回ノンフィクションで、しかも殺人事件ということで率直な感想を言うのがめちゃ難しいんですけど、何とか言語化してみようと思います。

 

読む前はタイトルからもあったり、当時の事件のメディアの取り上げ方だったり、帯に書いてある言葉からの影響を受けて、相当な「毒親」で娘の方は悪くないというイメージを抱いていました。しかし、読んでしまった今、母も悪くないよなぁと言う結論に至ったのが私の立場です。むしろ、やはり行動に移してしまった娘はやはり罪を償うべきなのかもしれない、と考えてしまう私がいます。頭が硬いのかなぁ。私は自分で言うのも何ですが恵まれた家庭環境で生まれていて、少なくとも母からは理不尽に怒られたり泣かされたりした思い出はありません。(すみません、ゼロではありませんでした、笑)だからこそ娘の立場で全てをわかることが出来ない、同情しきれないのが要因かなと思います。

 

しかし、もちろん度を過ぎた毒親だなと感じましたし、自分が同じ立場であったらどうしていただろうと考えると、もっと酷いことになっていたかもしれないと考えます。

 

個人的にはあかりが9浪の末やっと大学に通い出して始まる生活の描写が少し胸を抉られるものがありました。殺人事件に結びつくとは考えられない平穏な日々が描かれていて、どうして事件にまで発展してしまったのかと逡巡してしまう場面でした。親子で旅行に行ったり、笑顔で写真を撮ったり、「普通の親子に戻れるのではないかと思った」という言葉は胸を抉るものがありました。また、最後の最後警察の取り締まりでは「お母さんは小さい頃あなたからもらったメッセージカードを大切に保管していたようだよ」というようなことを言っていた時も自分の母親と重ねて辛い気持ちにもなりました。

 

母の歪んだ愛の形。そこに愛があったのかは明確には書かれていませんが、私は歪んでいたとしても愛はあったと思いたいです。そしてあかり自身も母を心配する気持ちや結局家出をしなかった結果からも愛や恩があったのだと思います。互いの歪んだ関係が最悪な結果を招いてしまったこと、しかしどうすればよかったかなんて誰もわからない。正解なんてなかったのかもしれないとも思います。

 

どうか10年の刑期を終えて、残りの人生を安全に平穏に生きてほしいと願っています。

 

 

星を編む l 凪良ゆう

こんにちは。

すごい勢いで本を読んでいます!心なしか読むのが早くなっている気がします。

 

今回は、前に読んだ本の続編のお話を読みました。友人からオススメされた本2冊目となります。

 

面白かった、、、。感動しました。最近は、というか20を超えて涙腺が弱くなり、心が簡単に動くようになってしまいました。世間一般が感動するっていうものがわかるようになった。それはいいも悪いもありますよね。なんだか自分が平凡なものになってしまった気もして微妙な感じです。でも感情が動かされるっていうのは素晴らしい経験だと思うので、まあいっか。

 

そんなことは置いておいて、今回は忘れないうちに書いてしまいたいところ。

今回読んだ本は「星を編む」です。「汝、星のごとく」の続きを書いている本です

続きといいつつ、主な登場人物は暁海、北原先生、そして編集者の植木さんと二階堂さんです。この瀬戸内と東京の物語の続きが交互に描かれていました。



それぞれがどうなったのか、特に暁海と北原先生についてはもっと知りたかったというか気になった点も多いので嬉しい限りでした。

 

率直な感想としては、想像している以上に物語が長期的に紡がれます。せいぜい描かれても少しの間だろうっと思っていたのですが、結局暁海が58歳になるまで物語は続きました。私の中の暁海はせいぜい30代で止まってしまっていたので、私の中の暁海のイメージから成長させるのが意外と難しかったです。

 

そしてもうひとつ、人生には恋を教えてくれる人と愛を教えてくれる人の2人が現れるという話は聞いたことがあるかと思います。その2人は別々のひとで。

暁海にとって前者が櫂で、後者が北原先生だったんだなと思いました。最後に書いてあったように、櫂は火花で、北原先生が海だったように。

最後のシーンはやっぱり花火を見るシーンで終わったのが良かったです。最後の最後すごく感動しました。感情を激しく揺さぶるようでもなく、優しくそっと沁みる感じ。

 

印象的なシーンがいくつかあったので紹介します。

ひとつ目は誹謗中傷について論じているところ。現代小説ならではだなと感じました。誹謗中傷って世の中にその言葉が広く伝播したのはコロナ禍のあたりからかなと認識しています。今では当たり前の言葉ですが、コロナ禍あたりで誹謗中傷が社会問題だと認識され始め、そこからそれを題材にした小説も格段に増えたのかなと、思ったってだけです。

 

二つ目は、そのすぐ後、植木さんが櫂くんと尚人くんの時には強さがなく守れなかった場面を編集者としてのキャリアと強さを携えた今ならしっかりと守ることができるようになった、というシーンです。前作からその後悔は心に刻んでいましたから、守る立場でいられていることが自分のことのように嬉しかったです。

 

以下に心に残ったセリフを残しておきます。

 

「けれど今の時代、善であることと弱者であることは、ときに同じ意味を持つ。」

 

「誰もが誰かを想い、悪気なく身勝手で、何かが決定的にすれちがってしまう。このどうしようもない構図はなんだろう。これもまた愛の形だと言うのなら、どう愛そうと完璧にはなれないのなら、もうみな開き直って好きに生きればいいのだ。そうして犯した失敗なら納得できるだろう。」

 

「いかに自分らしく生きたか、最後に残るのはそれだけよ」

→瞳子さんの言葉

 

「自由とは哀しみや痛みを伴うものだということを、わたしは久しぶりに思い出した。」

 

「幸も不幸も、一点に留まり続けるものではないということでしょう」

 

では短いですが、また!

汝、星のごとくの映画化心から楽しみにしています。

 

 

 

 

 

 

感想 | 生殖記 | 朝井リョウ

こんにちは。

就活も終わり順調に時間を余らせている今日頃ごろです。といってもなんだかんだで忙しいです。

ここ半年とかずっと読書モチベが高い状態が続いていて、本屋があれば必ず寄るしでいろんな読みたい本が溜まっています。

そんな中前から気にはなっていたけど、文庫化もされていないし面白いのだろうかと思っていた本を友達におすすめされて、借りれたので読みました。

大体4日くらいで読んじゃいました。私としてはすごくはやいですこれは。友達は4時間くらいで読んだって言ってた気がするのでサラッと読めるかと思います。

 

 

今回紹介する本は朝井リョウさんの「生殖記」です。



 

めちゃくちゃ面白かったです。

テーマがドンピシャでした。

 

この本、タイトル凄いですよね、!。

初めて聞いた時、は?ってなりましたもん。家で読んでても父から凄い本読んでるねって言われたし、電車でカバーつけずに読んでたらおじさんに凝視されました。

そのタイトル通り、内容?というか状況設定もいかついです。というのもこの物語の主人公は「尚成」という男性なのですが、物語は尚成の生殖器が全て紡ぎます。生殖器である私が話します。

 

でも物語の本題はそこではない。内容の方が100倍面白いし、大事です。

ではなぜこんなに尖った設定にしているのかという問いですが、それは後で私なりの答えを書きたいと思います。

 

大まかなあらすじとして、尚成の生殖器である私はヒト個体を担当するのは2回目で、そんなヒト個体である尚成が今の尚成である理由をこれまでの30年間を振り返ったり今起こってる事柄を解説したりして説明していきます。

尚成はゲイで、30歳を超えていて、電機メーカーに勤めており、現在は寮に住んでいます。しかし、その寮からはあと半年で追い出されてしまいます。その追い出されるまでの半年間の物語となります。最後まで読んで理解したのですが、この寮から追い出されるっていう設定が尚成が自分なりの生き方を見つけるまでの期間となった、大事な期間であったのです。

 

メッセージ性としては「イン・ザ・メガチャーチ」とも凄い共通点がありました。というか同じテーマを扱っている話だと思います。でも結論が全く違うので別物と考えそうですが。どっちも現代の人間の人生の消費の仕方を描いています。

あまりにも安全な環境で過ごす人間の、です。

インザメガチャーチでは人々がある事に熱中する事で、それのために生きる!となることを選んだ人々のことを。本作ではひたすらに与えられた時間を消費し、生命を死ぬまで維持することに焦点を置いた生き方のことを、書いています。

 

正直私はこの尚成の考え方がすごく共感できるものがありました。

私は体がそんなに強くないので、というかアクティブな方ではないので世の中の人々のように貪欲にいろんなことを追いかけられません。でも周りの大学生たちは日々遊びやバイトや旅行で日々を埋めている姿をよく目にします。それが大学生のあるべき姿だという風潮ももちろん知っています。でも私は今生きていて、健康で過ごせることにすごく焦点を置いています。人生を大きく発展させたいとも思わないし、大成功を収めたいという願望もありません。だからこそ、尚成の生き方は分かるなぁと思います。でも、尚成になりきれない私は、大量にスイーツを時間をかけて作って食べて、カロリーを消費するために時間をかけて運動して、それができれば満足、幸せとはまったく考えられません。さすがに、自分何してるんだろうって思っちゃいそうです。そういうところが中途半端で、俗世にも俗世とは離れた凪の世界にも当てはまらないなぁと思っちゃいます。

 

前述したなぜ私が生殖器でなければならなかったか、ですが、私なりの考えはこの物語は尚成の奥深くの人生に対する考えを吐露しています。そういう奥底の考えっていうのはなんのフィルターも通してはいけないし、1番ダイレクトに伝わる方法で伝えないと湾曲されちゃうんだろうなと思います。だから尚成の脳を介してはいけない。だからこそ1番本能的な人間の一部である生殖器が選ばれたのかなと思います。あとは単純に尚成がゲイであることから次の世代を作れない(誤解を招く言い方でしたらすみません)ことから、疎外感を感じているので、その生殖する内臓っていうことで選ばれているのかなとも思います。

 

そんな感じです!終わり🔚

 

 

 

蹴りたい背中 | 綿谷りさ(このブログは読む価値なし)

こんにちワン!🐶

 

早く書かないと記憶が薄れてしまう、、、。

この本は六本木の文喫でほぼ無料で読んだのです。初めて1日で、っていうか数時間で本を一気読みできたの!できるやん自分って思いましたね。

 

まずいですねぇ。もはやぼんやりとしか覚えていない。

 

まあ、記録用として読んだことが分かれば最悪いいんですが、、数年後とかに見返して過去の自分に絶望すんだろうな、、、。てか公開できるものでもないよな、、。でもずっと下書きに入れとくのも違う。



サクサク読めた。確か高校生の時に書いたんですよね、。すごいや!!

クソみたいな感想、感想でもないけど、で申し訳ないけども、面白かったです!

ほし3.5位!多分。

 

 

エピクロスの処方箋 | 夏川草介 | 感想

こんちは!

今日めちゃくちゃ寒いっすね。15度とかでしたよ。あれそれ昨日か。早く夏が始まってほしいような、でも猛暑の夏は嫌なような、そんな気持ちな最近です。

梅雨が終わって夏がこれから始まるぞーっていうあの時期が一年の中で一番好きかもしれないですね。でも梅雨はとにかく嫌です。前髪が終わるので。

 

そんなこんなで今回読んだ本は、ていうかさっき読み終えた本なんですが、

夏川草介さんの「エピクロスの処方箋」です。

これはこの前の本屋大賞にもノミネートしている作品でした。姉の夫がお勧めしてくれてそれなら読むかって言って借りて読みました。

確かですが、めちゃ前に神様のカルテっていう作品を読んだことがある気がするんですよね。それもこの作者さんの本で、作者自体もお医者さんっていうことで解像度の高い医療系小説を書かれている方です。

 

エピクロスの処方箋

 

この作品実はシリーズものらしいんですが、全然この本単体でも読めちゃいました。

面白かったですよ!

 

簡単にテーマをいうと医療とは何か。命を救うだけなのか、医療において生と死の2元論以外の考え方はないのか。などがテーマかなと思います。

 

タイトルにもあるエピクロスは古代ギリシャの哲学者らしいんですが、快楽主義を提唱しましたがそれは一時的な享楽ではなく、苦痛のない心身の平静を意味します。質素で節度ある生活を通じて幸福を追求したとのことです。

この考え方は作中にも登場しています。平穏こそ幸福である、と。私はこの考え方に強く共感します。人生刺激があった方が楽しいだの、つまらない人生は嫌だの、生きている心地がしないだの、そういう過激派はもちろんいますし、否定しません。そういう人がいてこそのこの世だと思います。でも私は平穏が一番。健康で大切な人と一緒に過ごせて、そういう日々が安定的に続くこと。それが一番の幸せだと考えています。そういう観点で、エピクロスと同じ快楽主義なのかもしれません。

 

長くなりましたが、内容に入ります。

この作品は主人公の原田病院という地域の小さな病院に勤める哲郎。その甥の龍之介。かつて哲郎と一緒に働いていた花垣。研修医として原田病院に派遣(?)された南。その他大学病院と原田病院の各位。そして患者さんたち、で展開されます。

 

私がこの物語の中でいちばん好きだったシーンは田畑さんという夫婦が出てくるシーンです。妻の方が弱ってしまっていて、家で訪問医療を続けている。そして夫の方はレストランを営んでいます。昔は二人で力を揃えて営んでいたそうです。

かなり気難しい夫の方でしたが、それでも哲郎には少しだけ心を許しているような描写がありました。妻の方が死んでしまって夫が漏らした本音の中には「これまでの医者は全部自分にしか話しかけなかった。まだ妻は生きているのにまるで死んでしまったかのように妻には何も話しかけなかった。」というような内容を漏らしていました。この本音に読んでいる私自身も納得してしまうものがありました。少しズレるかもしれませんが、中学生の頃など親と病院に行くと症状など全ては親に話されるものでした。患者は私なのにな、なんて思ったこともあったなと思い返しました。だからこそ、そんな状況が当たり前になってしまっているからこそ患者は患者としてどんな状態でも患者自身に対応することができる医者というものは貴重なのだなと思います。そして自分が医者の立場であれば合理的に考えればあまり理解してくれない患者ではなくその配偶者や親にたくさん伝えたくなるもの、わかるし、自分もやってしまいそうだとも思いました。

 

 

 

以下私が好きだったセリフたちです。

 

「勝ち負けなんて、短い人生に何の意味がありますか」

哲郎と同じく原田病院で働いている秋鹿先生の言葉です。なんか刺さりました。世の中全てにやはり勝敗というものはつきもので、でも私はそれが嫌で。嫌なはずなのに人一倍勝ち負けにこだわって喜んだり、落ち込んでしまう自分がいる。そんなことを最近感じていたからでしょうか。この言葉で少なからず救われた気がします。気にしなくていいんだな、と。

 

「エピクロスは、平穏で物静かな精神状態を快楽と定義し、これを見出すものは、不愉快なものだけでなく、愉快なものでも遠ざけるべきだと言っている。愉快も度が過ぎれば心の安定を壊すと考えられていたらしい。もちろん彼は一般的な意味での楽しさや、身体的な快楽を否定しているわけじゃない。ただ楽しいことよりも、苦痛がないことの方がはるかに大切で、心が落ち着いていることこそが最高の快楽だと説明しているんだ。」

これは先ほども説明した、エピクロスの主張です。まさに共感、肯定って感じ。

 

「亡くなる瞬間に手を握って別れの声をかけてやるというのは、テレビドラマでよく見かけるシーンですが、本当に大切なことはそういうことではないと思います。亡くなるまでの時間を、つまり生きている間の時間を、どうやって寄り添いながら積み上げていくか、それが一番大事なんだと私は思っているんです」

哲郎がある患者さんを看取るときに夫にかけた言葉です。2年ほど前に私の祖父が亡くなった時に、看取り方という考え方を少し自分でも考える機会がありました。私の父は亡くなる瞬間にそばにいてやれることが大事であると考えて、少し後悔している様子でした。私はその姿を見て看取ることが大事なんだと学びました。でもそうではないと正面からこの作品では言っていて、しかも納得もできました。確かに亡くなる瞬間にどれだけの人が駆け付けても、それまでの時間をどう過ごしたかが蔑ろにされるのは解せないですしね。

 

「 ー 誰も彼も、遠くばかり見る世の中や。足元の花にちゃんと目を向けるんやで。」

これは今川さんという患者さんが言った言葉です。これは何だ大事そう!と思いましたね。確かに将来のキャリアや資金形成、結婚。遠くのことばかりに気を取られてしまう現代ですが、今この瞬間の時間や近くにいてくれる人、そばにある花など足元の物事こそ目を向けて認識することが大事である、と。

 

ってなわけで。おもろかったです!次もお願いします!

風の歌を聴け | 村上春樹

こんにちゃ!

 

まだまだ書かなきゃいけないブログが溜まっているので、一気に消化していきますよ。今回は我らが村上春樹さんの作品です。鼠三部作の中の一作目である「風の歌を聴け」ですねー。

これは個人的にずっと気になっていたので、今回やっと読めたって感じですね。

今までは「ノルウェイの森」や「海辺のカフカ」、あと短編集などなど、読みました。

これらを読んでたのは中学3年生がメインだったので、本当に久しぶりの村上春樹さんでした。

講談社文庫 風の歌を聴け

 

最初の1ページでうわーこれが村上春樹って感じだったなぁと思い出す。

なんか本当に悪意はないのですが、村上春樹さんの作品って文字を追うごとに自分が何を読んでるのかわからなくなっていくんですよね。でも、なぜかついつい文字を目で追っちゃう。そうして沼にハマっていくんです。でも振り返ると記憶がすごくぼんやりとしていて、あれ何読んでたっけ?みたいな。でもそれが楽しいまである。まさに本当の没入感を得られる作品たちだなぁと感じます。

 

作品は主人公の僕とその友達の鼠の二人がメインで進んでいきます。休み間だけ僕は故郷に帰ってるのかな?でそこで小指のない女の子や、ジェイスバーというバー、などでお話しが構成されていきます。

別に起承転結がすごくあるわけでもなく、ただただ大学生の休み中の日常を映り出すって感じで、ある意味すごく青春小説となります。

 

感想としては、久しぶりに村上春樹臭を存分に味わえてよかったっていうのと、この物語のような時間のたっぷりある大学生という時間は私も後残り少ないということが身に染みたってことです。

ちょっと眠すぎるので、このくらいで勘弁してください。

 

丸の内アフター5 | 泉麻人 |

こんにちは!さてさて最近は有り余った時間を贅沢に使って読書に勤しんでいます。

たくさん読んでしまったのでたくさん書かないと、、、。やっていきますか。

 

今回紹介するのは「丸の内アフター5」という文庫になります。いやマジでなんの本って感じですよね。実はこれ神保町の春の古本フェスティバルに行った時の戦利品なんです。なんと75円。状態も問題なく!駄菓子よりも安いですよこれ。

てか定価が300円って書いてあるんで今がどれだけ高くなっているかがよく分かりますよね、。マジで本って高い、。

 

丸の内アフター5

 

ボリューム感も軽めで小指分くらいの厚さになりますので、パパッと読めちゃいますね。

泉麻人さんって私は知らなかったんですが、親は知っているみたいで有名な方なんですね。なんせこれ1987年の本なわけですから今の若者は知るわけもないです。

本当に運命の巡り合わせで手に取ったというわけです。来年も古本フェスティバル行けたらいいなあ。

 

内容は、1980年代の丸の内で働く会社員の仕事の後の(定時後なのでアフター5)過ごし方を紹介していくといった感じです。例えば、物産マンとか、伊勢丹のレディだとか、電通マンだとか、そういう有名なサラリーマンたちはどう過ごしていたのかが知れました。もはや4,50年前の話なのでエッセイというよりかは、古典を読んでいるような感覚でしたが、笑。

だってだって「ディスコ」って言葉が多用されているんですよ。ディスコなんて、言わない聞かない。

中でも特に印象に残っているのは、今と昔の「女性」に対する見方の違いです。今でこそ女性も普通に総合職として働くし、男性同等の立場や見方をされます。しかし、この本では伊勢丹レディは性の対象として見られていたり、(しかもなんかすごい気持ち悪い書き方されてた、)でも実際は違うから、そういうのは想像だけで止めるのが夢が壊されないとかって締めくくっているんですが。え?みたいな。えどゆこと?みたいな。

勝手な謎の夢を壊すなと言われても、、って感じですし、、。

ってな感じでツッコミを入れながら読んでいたわけです。

 

今回は軽く!これで終わり!